オリガミ ヲ キリガミ オカルティー(総合)

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改めて出雲旅行。日御碕の奥深さをおさらい。

今月の20日日帰り出雲旅行へ行くことに。

松江から出雲へ旅行って…何を今さら改めて?という感じかもしれませんが、

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車を持っていない私には、近くても滅多に行けない遠いところなのです(交通の便も悪いのでバスや電車も使いづらい)。実際、私が出雲旅行へ行ったのは近畿に住んでいた頃に1度だけであります。島根に来てからむしろ出雲は近くて遠い旅行先になったのです。

 

今月の出雲大社神在月だし、何といっても食事付きで2千円の格安旅行。コロナで2座席に1人しか座れないので募集人数も少なく、「もしかして応募しても無理かな?」と思っていましたが、応募人数がめちゃ少なかったらしく(笑) 無事、行けることに。

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7年ぐらい前?に出雲大社へ行ったとき、特に深く調べることもなく行ったので、「本当に重要なのは裏にあるお社なんだよ」とあとで教えられ、裏にまで行ってなかった私は、しまった~~!と。ちょっと無念だったのです。

なので今回はぬかりなく参拝順序などを漫画でチェック

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たぶん、本殿の大国主さんより、裏のお社の須佐之男命の方がお父さんだから格上なんだよ・ということかなと。

この、

本殿よりも境内の小さなお社の方が実は「裏本殿」みたいなことは、けっこう多くの神社のあるあるなのではないかと私は思っています。前に住んでいた近所の神社でも、近隣の人だけが知っている「本当は本殿よりあのお社の方が格上…」という秘密?がありました。同様の話をされている霊能者も、そういえばおられました。

日本の歴史というのは奥深くて、たいていのことに裏と表があって、裏が本物というのはオカルティーあるあるです。

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 日本は世界でも特殊な歴史と文化で、新しい民族が入ってきても〈どちらかの民族と文化しか生き残れない〉ということはなく、どの民族も文化もちゃんぽんで生き残ってきたのです。なので、各々の民族が自分のルーツや信仰、習慣をおおっぴらにはせず、自分たちだけの共通認識として「表に見せているものとは違う裏」をつくったのではないかと考察。

だから神社も誰でも入って拝めるけど、本当に重要なものは本殿のわきにちょこんと設置する。そういう感じなのかなと(憶測です)

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旅行のルートは午前中が出雲大社、お昼ごはんは島根ワイナリーで、午後は日御碕と、とてもシンプル。

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 日御碕神社へも3年ぐらい前に連れて行ってもらいましたが、これまた勉強不足なまま行ってしまい、重要な「隠ヶ丘」に上がることなく、日御碕神社と海岸だけを回ってたんですよね~・・・

 隠ヶ丘は、

出雲の国つくりを終えた須佐之男命が鎮まっている場所だとされているようです。つまり須佐之男命のお墓みたいな感じでしょうか。

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日御碕神社には須佐之男命と天照大神が祀られていますが、もともと天照大神の祀られていたのは今の神社の境内ではなく、近くの海岸にある経島に祀られていたそうなので、もしかして、須佐之男命が太古、祀られていたのも隠ヶ丘かもしれません。

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以前、『巨木というロマン②』の記事にも日御碕のことを話題にあげました↓

 その時の記事に↓

「日御碕神社は、今のご祭神の前から別の古代神を祀っていて、
それが龍蛇神なのだお姉さんに教えられました。」

と書いています。

天照大神須佐之男命よりも古い神とは、相当に古い時代の神になりますね。その本来祀っていた神とはクナトの大神というそうなのですが、谷戸貞彦氏いわくクナトの大神とは弥生時代「各家の祖先神の集合体」として祀られていたものだとか。で、その息子がサルタヒコ大神なんだとか。クナト神はインド人だという説も聞いたことがありますが、なるほど、でっかい鼻を特徴に描かれるサルタヒコ大神がインド由来の血統なら鼻は大きそうですね。

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実際、島根にはときどきパキスタン人みたいな顔をした男性が居ますが、出雲族がインド由来ならちょっと納得?(グリーンやヘイゼルの目の人もたまに居ますしね)

 

 ところで、

前回、日御碕を訪問した時、日御碕の宮司の人たちの独特な形をしたお墓を見ました。

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 この形状については何故そうなのか、それは分からないのだそうです。で、先日、日御碕について改めて自分のPC内のファイルを読み直していたところ、谷戸貞彦氏の著書の神像の解説に(神像の下に)雲が描かれているのは、神であることを示すため」という一節を発見。つまり、このお墓の幾重にも高く渦巻く雲の文様は、その上に鎮座する球の神格の高さを示しているのかな、とふと思いました。上の丸い球は、

「当初は御崎(美佐岐?)神社だったところを、天照大神の神託が下されたので宮を建て、「日」の文字を使うことを許された」

という日御碕神社の由来から察するに、やはり太陽を意味するのかなと考察。

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 そのデザインを家系のお墓で示すということは、やはり「我、太陽(天照大神)の子孫なり」ということでしょうか。日御碕とはなんとも奥深いところです。

 

そうそう、

話はオカルティーになりますが、臨死体験をした時に様々な過去の歴史を見て(体験して)きたという木内鶴彦氏の、ムー誌での記事も改めて読み直しました。

木内鶴彦氏は須佐之男命に相当すると思われる人物の様子も見てきたのだとかで、その人物の名前は「スガ」あるいは「スサ」と聞こえたとのこと。

「スガは日本の出雲で、農耕を中心とした村をつくり、自給自足的な共同生活を築いていた。」

「人々は田畑を耕し、動植物と共生しながら生態系のバランスをとって暮らしていた。」

と説明されており、乱暴者伝説とはちがい、穏やかな指導者だったようです。

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そして、

「スガの先祖は東北の津軽地方の出身で、スガの祖父が日本海を船で渡って出雲にやってきた。スガ自身は、現在、日御碕神社がある辺りで生まれている」

のだとか。

木内鶴彦氏の説をとれば、日御碕は須佐之男命が眠る地なのではなく、須佐之男命の生誕地ということになりますね。では、隠ヶ丘に眠るのは須佐之男命のお父さん?

 

いずれにせよ

日御碕とは興味深い場所であります。今回こそは隠ヶ丘へ行かなければなりません!

ところが、

ツアーのルートは「日御碕神社」 ⇒ 「日御碕」となっています。神社と海岸だけ?では、神社の参拝は早々に、ダッシュでその隠ヶ丘という丘に上がって来ないと!と思い、地図で隠ヶ丘の位置を調べたら・・・

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なんかけっこう神社や海岸から離れたハードなコースじゃない???

もうこれは神社も海岸も諦めて、バスを降りたら一直線、隠ヶ丘に向かわないと時間が間に合わないパターンでは。というか、もしかして一人違うルートへ行ってはいけないとか?

パンフレットには『時間厳守、団体行動にご協力ください』と書かれています。

さ~てどうすっかなぁ~(笑)

 

……………………………………………

 

余談ですが

日御碕神社の宮司の家系の祖?と思われる天児屋命についてちょいとググってみましたところ、天児屋命には別名がたくさんあり、速経和気命(はやふわけのみこと)という別名を見た時、ふとそんな諡号(しごう/生前の名前)だった天皇が居なかったっけ?と。で、歴代天皇ファイルをパラパラと見ていました。

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 その時、応神天皇仁徳天皇の「親子関係については疑問視する説もあり、仁徳をもって河内王権の初代とする意見の根強い」という一節が目に入りました。

 なんですとぉ~~~~~?!

 応神と仁徳が親子でもないとかなんだそりゃ~~~~?!

でもそういえば…

応神の後継ぎとされていた菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)のことを思い出しました。兄である仁徳天皇の位を譲り、自害したとされる弟です。実際は仁徳に殺害されたのだろうというのがおおかたの見方(?)です。

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 応神仁徳親子じゃない他人応神が後継ぎに指名していた菟道稚郎子応神実子で、仁徳という違う勢力の人間に殺害された

しっくりきすぎる。

 

そういえば、島根に来て発見したことがあります。島根の神社はだいたい出雲族由来の神様を祀っています。まあそれはそうですよね。が、一人だけ天皇家のルーツとされる天神族の古代天皇が島根の神社で出雲族の神々と一緒に祀られているのです。

その天皇とは応神天皇

 天神族のはずの応神が、出雲族の大きな拠点であった山陰で古くから祀られている。

(゚A゚;)・・・・・・!!

 

応神の母である神功皇后韓半島を征伐して帰ってきたとされ、九州や島根、隠岐の島と深いつながりがある。つまり出雲族の娘だったんだろうと思われます。

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 神功は天神族?である仲哀天皇の妻となりますが、仲哀は神功の神託を受け入れなかったことで、おそらく神功側の人間に殺害されている。

おそらく住吉の神出雲族サイドに祀られていた神で、対する天神族春日の神を祀っていたんだと思う。

 その後、神功住吉の神(宮司?)と交わって応神を妊娠していたはず。まあつまり応神は完全に出雲族側の人間なんですね。そして応神の時代は彼が天神族も圧倒して日本の首領だったのでしょう。応神出雲族の輝かしい英雄なのかも知れません。

だから今でも出雲(山陰地域)には出雲族の神々と共に応神が祀られている・と。

f:id:syandery:20201017235730j:plain(神楽でも神功の三韓討伐が演じられています)

 

んで、

ひとつの系統とされている歴代天皇なんですが、その親子関係、兄弟関係を無視して、各天皇・皇后・皇子たちの出身地や出入りしていた地域、あるいは信奉していた神などで属性を分けてみようかなっと。出雲族側」vs「天神族側」という二つの争う集団があったとして分けたらどうなるかと。

雑だし勉強不足なんでなんとなくなんですが、こんな感じで↓

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 そうすると、ぼんやりとではありますが「本当はこの人とこの人は親子じゃなくてライバルだったんだろうな」とか「兄弟喧嘩じゃなくて出雲族と天神族の争いだったんだろうな」みたいな輪郭がけっこう良い感じに浮かび上がってきたのでした。

これはまたいずれちゃんと考察してみたいなと思いました(*'ω'*)ワクワク

 

 ……………………………………………

 

めちゃ脱線しましたが、というかさらに脱線しますが、日御碕についてPC内ファイルを見直していた時、オカルティーな情報をやり取りしていたお姉さんからの情報の、取り置きメモが見つかりました。

お姉さんが霊的能力のある友人から聞いたことで、

「古代出雲族が結構、あちこちに痕跡を残しているそうな。それで、今、古代出雲族の封印が解かれ、見えない世界の動きが加速しているそうな。
彼女たちは、不思議と古代出雲族の魂の鎮魂をする流れの中にいるそうです。」

封じられた無念の出雲族らの慰霊をしている人たちが居るようです。ヘミシンク坂本政道氏も、悪者にされ封印された魂らをそのままにしていては、日本は”始まらない”とおっしゃっていました。

f:id:syandery:20190923215503j:plain(清明のライバル蘆屋道満は実は出雲族)

 「今、日本は近所の国(中国)に各方面で侵略されつつあり、見えない世界の存在、魂たちは、なんとかそれを食い止めようと必死のようです。
それで、見えない存在たちは、いろんな能力のある人にメッセージをさかんに送ったりしているそうな。」

 あ~、やっぱり魂や神々も中国の侵略による日本の危機を感じているわけですね~。私はもうずいぶんドリームボイスを記録し続けていますが↓

 いつまでたっても何の脈略も無い言葉ばかりがメモにたまり、日本の神様方のメッセージをキャッチすることが出来ないままの凡人です。ごめんなさい

f:id:syandery:20190903135053j:plain(悲しいうぉ)

 せめて、

出雲大社と日御碕では日本の安寧を祈って来ようと思います。

霊能力者の松原照子さんが、毎週水曜日の午前4時に「がばじゃらみた」を3回唱えて日本の安寧を祈って下さっているそうなので、私もアラームをかけておいて、同時刻に日本の無事を祈ってます(´;ω;`)

 

 

 旅行記事のはずが、なんだかオカルティーな内容になってしまいましたが、20日が楽しみです。