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出雲旅行② 出雲大社にて思いにふける。

「出雲旅行① 出雲大社まで」

 の続きです。

 

参道を下りきり、いよいよ四の鳥居「銅鳥居」と、その奥に出雲大社の拝殿が見えてきました。

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銅製の鳥居としては日本最古のものだそうです。江戸時代中頃のものだとのこと。ここにも島根が空襲にあわなかった幸運がありますね。

 

大きな日本国旗が翻る。

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遠目だとその大きさが分かりにくいですが、なんとこの出雲大社の国旗の大きさは畳75畳分といいますから、都会のミニミニ戸建て1戸分ぐらいの大きさはあるということですね。

 

さて、手を洗って清めようとしましたところ、このような注意書きが(笑)

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大社境内でポケモンGOとか歩きスマホとかする人が居るんですね。まあこの日は空いてましたからあれですけど、初詣とかの混み混っこみの時にポケモンGOとか不可能でしょうね。

 

立派な拝殿です。

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鳥居をくぐる。んー、神在月のわりには空いてるな?

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私は前回来た時、この拝殿を御本殿と勘違いし、この拝殿だけを横の方からチャチャッと拝んで帰ったのでした・・・(自分の中では稲佐の浜に行くことがメインだったので)

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 と、その前に。

四の鳥居をくぐったすぐ左側に神馬、神牛の像がありまして、見てのとおり鼻筋がつやっつやに黒光りしています。多くの人が安産祈願のためになでたのです。

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妊娠してませんが私もとりあえず馬の鼻すじを撫でて安産祈願しておきました(笑)

コロナ感染の危険のため、触らないで下さいと小さな張り紙がペロンと柱にはり付けられていましたが、誰も気にしている様子無く触っておりました(笑)

 

再び拝殿へ。

これが出雲大社名物の超ビッグなしめ縄です。

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しめ縄の形の由来はヘビの交尾の姿という説があります。ヘビの交尾は何時間にも及ぶので、その生命力にあやかろうという古代人の考えから発生したのだとか。 ← この説明をブログでするために、以前ヘビの交尾のイラストを描いたことがありまして、で、描いたイラストを何気なくそのまま部屋に飾っていたところ、数日間、妙にパワフルになった不思議体験があります(笑) お相手が居たら子どもが出来たかもしれません✨⭐️ 「このごろ旦那が相手してくれなくて寂しい」という奥様は、ヘビの交尾の写真及びイラストをプリントアウトし、ベッドの頭元に飾ると良いかもしれませんね(?)

 

 横から見る拝殿の全景。う~む大社の名にふさわしき堂々たる姿なり。

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そして、拝殿の背後に見える社殿がご本殿です(中央奥の三角屋根)

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写真右の二階建ての建物は観祭楼といって、手前の広場で催されるものを眺めるための特別な貴賓席なのだそう。ガイドさんが「本来なら皆様に上がっていただかなければならない所なのですが」とジョークをとばしつつ(笑)、しかし、誰もこの観祭楼へは上がっていないとのこと。天皇陛下レベルじゃないと上がれないんでしょうねぇ。観祭楼じゃなくて関西楼なら私も半分ぐらいは入れたかもしれません。

 

 そしてこちらが御本殿前に建つ八足門(やつあしもん)です。

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 手前の三つの赤い丸印は、前の御本殿の社殿を支える柱の跡が出てきた場所です。大きな三本の柱をひとまとめにし、それを一本の柱としたんですね。写真をよく見るとこの柱の印は奥にもあるのが分かっていただけると思います。柱は確か、ぜんぶで九本建っていたはず。ガイドさんにどの柱印が中央だったのか尋ねると、上写真左奥のそれが中央だったとのこと。現在の社殿は少し場所を変えたんですね。

 

下写真の左はCGで再現された当時の出雲大社本殿です。紫の矢印が示すとおり、ご本殿を支える柱は三本一組でした。当時の社殿の高さは48mで、ビルでいえば16階に相当するようです。

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 正面からだと写真に収められなかったので、階段をやや上がったところから柱印を撮りました。上画像の右下、ピンク矢印の示すところが当時の社殿の中央です。

 

中央の柱があった所に立って空を仰ぎ見ました。昔はこの真上に御本殿があったんだなぁと。(周りの人の目はやや冷ややかではありました(笑))

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ご本殿のある領域には入れないので、八足門から手を合わせる。向こうを見ると、御本殿近くまで入って拝観している人の姿が。御祈祷する人と内側までは入れるツアーの人たちですね。私の参加した2千円激安ツアーでは内側までは入れません(笑)

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 ちなみに、八足門の中までは入るのには服装の注意事項がありまして、服装のNG事項の中にピンヒールやシースルーの服と共に、「ヨレヨレのTシャツ」と書かれていて笑ってしまいました(笑) それはたんなる貧乏(節約家?)だと思うから許してあげてほしい。

 

ちなみに10年ほど前のこと、両親が出雲大社を拝観した際、縁結びの神様ということで、私のご縁を御祈祷してもらったそうです。しかも松竹梅の松のコースです。お土産に縁結びの置物まで買って帰ってきました(笑) 

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あれから何年… 私は未だに未婚でございます。自分で言うのもなんですが、まず女として見られない重篤なケースで、神様にすらどうにもならないらしい(゚A゚;) どころか「日本人離れしてるな。というか人間離れしてる?お前宇宙人やろ!」と言われたあの頃…。異性には人間にすら映らないという・・・

 

 ところで、

上の画像の見事な木彫を、帰宅後PCで拡大して見ていましたところ、荒波に木の葉が浮かぶデザイン?であることがわかりました。そしてその端の方にわだかまる波?の模様を見て、あるものと同じデザインであることに気が付きました。

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それは、出雲大社の北側、海岸沿いにある日御碕神社の、歴代宮司さんのお墓の模様! 渦巻きの方向も同じです。基本、出雲大社と日御碕神社は(少々の婚姻関係はあれど)別々の歴史を持っていて、あまり文化を共有していないイメージだったのですが…?? どこにも似たような模様はあるんですかね?

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 それにしても、

私はすっかり日御碕宮司家のお墓の模様を雲だと思い、雲の上の太陽を意味するお墓だと思い込んでいたのですが、出雲大社の八足門が示すように、渦巻きは波を示すもの(?)であるのだとしたら…。私は大いなる勘違いをしていたことになります。

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 波の上の太陽デザインのお墓。つまり海と日の出or日の入りを意味しているお墓という解釈になります。日御碕神社の御本殿、天照大神を祀る宮が日沈宮(ひしずみのみや)だということを考えると、その社殿を祀る宮司家のお墓は日の入りを示すデザインと考えられますが…

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2年ほど前、私は松江市内のとある神社へ参拝に行き、たまたまそこの宮司さんとお話をすることが出来ました。その宮司さんのお話では、太平洋側を日出る国と考え、伊勢神宮などは太平洋側に置き、逆に日本海側を日の沈む国、つまり死者の国だと考え、天孫族に負けた大国主(出雲族/出雲大社)山陰に移したのだと話されました。「お前は敗者なのだから死者の国に居ればよい!蘇ってくるな!」という意味を込めているのだとか。社殿の向きの謎もそこにあるとのこと。とにかく、負けた出雲族の神々(当時の有力者)は永遠の敗者として意地悪を受けたというわけです。(藤原家が台頭してくるにつれ朝廷は幼稚な意地悪をするようになった気がします。藤原家・半島の王族説がありますが、さもありなんという感じ)

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 日御碕宮司家のお墓は「日の沈む死者の国」を表わしているのでしょうか?

私はむしろ、表だって朝廷に逆らえないものの、「本当は我々こそが日本の礎を築いた太陽の神の子孫である」という意地を暗に示しているのではないかというように感じられてならないのです。うず高く上がった波の上に燦然と輝く「日出る正統な血筋」を示すお墓(家系)(私の個人的考察では、初代神武から9代開化までの天皇は、出雲族など日本の先住民の有力者ではと考えています)

あくまでもこれは私の憶測話であります・・・

 

「出雲旅行③」につづきます ⇒ 

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急ですが、明日・明後日(29、30日)玉湯町玉造の温泉街へ一泊旅行することになりました。松江市内でんがな…

というのも、両親が地域振興の旅行券を買うだけ買って、いつまでも旅館を予約せずにいた結果、来月は母の心臓の手術(県外)が入り、今月内で探してもどの旅館もいっぱいというありさまに。私は出雲のスケートリンクに行きたいとリクエストしていましたが、出雲はいっぱいでどこも予約を取れませんでした。

で、玉造の旅館の、「この日だけなら空いてます」ということで29日に。松江市から松江市へ日帰り旅行…

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 でも玉造の地図を見ると古墳や史跡があることに気が付きました。「徳連場古墳」「出雲玉作史跡公園」ぐらいなら徒歩で行けるかな?もし余裕があれば帰りがけに岩屋寺跡横穴古墳」に行ってみるかー。という感じで今考え中です。

そう、明日だというのにまだ何の計画も準備もしてないんですね~。

まあ市内だから、何とかなるだろうと。