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出雲旅行⑤ 日御碕の海岸と神社

『出雲旅行』の記事もダラダラとまで来てしまいました。

出雲大社から島根ワイナリーに、そしてバスは日御碕へと向かいました。

バスの中から日御碕の海の写真を撮るという不毛なことをしておりましたので、少々写真にお付き合いください(笑)

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この日は山陰とは思えないピカピカ陽気で、しかも日本海なのに瀬戸内海と見まがうほどの凪でした。キラキラと青い海を光の粒が反射していて綺麗です。

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ちょっとガラスにバス内が写っているのは残念ですが、穏やかできらきらとした海が、沿道に生える草木の合間から時おり見える爽快さを、お伝えできているでしょうか。

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海に沿ってひかれた車道はグネグネと複雑にカーブしており、おまけに幅も狭いので、バスがよくこの道を走れるな、というほどでした。前から車が来てギリギリですれ違う時など、乗っている私の方がハラハラしていたほどです。

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こういうドキドキ・ハラハラ感はカップルのドライブデートにピッタリではないでしょうか。異性と一緒にいる時にハラハラすることがあると、そのドキドキ感を相手からもたらされるドキドキ感と勘違いして、相手に魅かれてしまうという研究結果もあるそうだし(笑) ドライビング・テクを披露するのにもいい機会です。

日御碕、ドライブデートにおススメです♥

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そして、バスは日御碕神社の鳥居の前に到着しました。

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観光スポットとして大規模に整備された出雲大社から一転、ローカルで昭和な日常感をまとった、普通っぽい日御碕神社周辺の景色にやや拍子抜けです(笑)

 

鳥居の真ん前にあるお土産屋さんの前には、まるで下着を干すかのように、捕りたてのお魚が洗濯物ピンチにはさまれてゆらゆらしていました。

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カレイの一夜干しは5枚で千円。あの高級魚・のどぐろが、小さめとはいえなんと1枚500円という捕りたて漁村価格。思わず母がのどぐろを買っちゃってました。塩味がビリッと効いていましたが、とてもいいお味でした。

 

日御碕神社は、自分の中では歴史も古くミステリアスな、出雲大社よりもいろいろと興味を刺激される神社なのですが、

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いかんせん、「そのへんの神社」感をぬぐえない景色であります。

 

 鳥居の真ん前にイカがぶらぶらしてるからなぁ~(笑)

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これはこれで素敵風景なのだけど・・・

光に透けるイカのボディーに、何故か生きとしいけるものの無常を感じてしまいます。(捕られて、透けて終わりかよ!みたいな)

 

 鳥居をくぐると、参道の奥に立派な楼門が。ふむ。入口はややガッカリ感を伴いますが、中に入ればなかなかに立派です(シャレじゃなく)

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 んー、青空と立派な松を背景に、楼門の朱が映えてます。やはり神社は晴れの日に行くに限りますね!

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 楼門前に階段を上がる。この設計は神社に格の高さを感じさせる効果をもたらします(笑)

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 楼門の左右に収納された木製の狛犬。ガイドさんが400年前の物と説明されていたように思いますが、油断していて聞き逃してしまいました。帰ってからネット検索したりしましたが年代までは見当たらず。

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 図書館で資料探しもしましたが、出雲大社の本が本棚いっぱいあるのに比べ、日御碕神社はたくさんの神社を説明した本に1~2ページというのが、数冊あっただけでした。

そんなに注目度の低い神社だったのか…?

 

 楼門をくぐると、正面の御本殿をさえぎるように垂れた大きな松の枝。妙に整えすぎることなく、「伸びた枝葉はそれも粋よ」と自然の造形を活かす。

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私が、西洋の人間の思いどおりにコントロールする庭園よりも、日本の庭園の方を好ましく感じているのはそういうところです。まあここは神社で、日本庭園じゃないですけど。

 

 

 正面のお社は、天照大神を祀る日沈宮です。楼門をくぐってすぐ右の石垣の上にある須佐之男のお社を上社というのに対し、こちらは下社と言われています。

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一般的に、高い所にあるものの方が、低い所にあるものよりも高貴さを示すと思うのですが、わざわざ高低をはっきりとつけて、お姉ちゃんの天照大神を下にすえ、弟の須佐之男を上にかかげるこの構造にどんな意味が隠されているのか?

そういうことも調べてみたかったのですが、とにかく思った以上に図書館には日御碕神社に関する本が少なかったのでした…

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天照大神を祀るお社なのに日沈宮↓↓↓という名称なのも気になります。

まあ確かに、この天照大神を祀るお社は元々は、神社の背後に広がる海の小島、経島(ふみしま)にあったとのこと。沖からは沈む夕日を背景にして見えていたことでしょう。

神社のサイトには

伊勢大神宮は日の本の昼の守り、出雲の日御碕清江の浜に日沈宮を建て日の本の夜を守らん」

との神勅により祀られたのが始まり・と説明されていましたが…。

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それって、伊勢は日出るところの神社で、君のところは日が沈む西にあるんだから、日沈宮と名乗りたまいよ(ニヤリ)・という、例の朝廷のいぢわるなのかなとちょっとうがってしまうのですが、考えすぎでしょうか??(天神族が前の覇者だった出雲族をいぢめてるイメージ)

 

 

ちょうど何気なく図書館で借りてきた本に興味深い説が載っていたのでした。

それは

須佐之男は砂鉄を求めて出雲にやって来たスサ族で、娘婿とされている大国主とは無関係。どころか、敵対関係だった。それを記紀の作者が天神族と出雲神族を結び付ける手段として親子関係にした(あるいは須佐之男命を大国主の先祖にした)

というもの。

あぁそうか、自分のところに欲しい血筋は、他の族の神族でも系図にくっつけちゃうとかあるのか。

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そういう天神族の都合に合わせて勝手に「お宅の神様とうちの神様は親族ってことでよろしくね!」と一方的にあれこれ押し付けられ、おかげでいろいろと矛盾が生じる。勝手に親族にされた出雲の側としては、しかし、逆らえず・・・

 

実は日御碕は、当初は須佐之男命しか祀ってなかったのに、朝廷の都合で天照大神も途中から祀らねばならなくなった。本当は納得いかないけど・・・でも逆らえないんで、元々祀っていた本命の須佐之男のお社を一段高い所にすえちゃいました

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・・・みたいな妄想を頭の中でこしらえたのでした(笑)

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天照大神を祀る日沈宮に手を合わせる。今回の旅行の祈念のテーマは「外国の侵略から日本を護る」なので、 日本人がもっと危機意識に目覚められるよう、神様の御協力をお願いしてきました。

 

上の写真の、向かって左の扉の上にうっすらとオーブのようなものが写っているような?(下写真は拡大したもの)

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 もう1枚写すと、もっと白い光の丸がもわもわっとたくさん写ってました。

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人に撮ってもらった写真にも光の丸が写っていました。母と撮ってもらったのですが、真上あたりにもわんと写っています。やはり、ご本殿中央の扉が開いている辺りに写るんですね。不思議です。

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 これは天照大神の神威?! 日本の国防を期待できそうです.。.:*☆ 

 

 さて、

日沈宮から右側を見あげると、須佐之男を祀った神の宮が見えます。

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天照大神も神様なのに、なぜか須佐之男のお社の方だけ『神の宮』とされるのが不思議です。対して天照大神のお社は『日沈宮』でしょう? お社の高低差といい、いろいろと差別化が図られていて(?)、謎が深まります。

やっぱり須佐之男だけ祀ってたのに、途中から天照大神も祀るように一方的に命じられた!逆らえないけど納得イカン。ひっそり抵抗してやる」という私説で合ってるんでしょうか?(笑)

 

 ちなみに

須佐之男が砂鉄を求めて出雲にやって来た人物・という、モデルになる実在の人物がいるのだとして、天照大神に相当する実在の人物ってどこのどんな人なのかな?という疑問がありますね。

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岐阜県位山(くらいやま)には飛騨王朝というのがあって、そこにいた伊邪那岐命と、出雲からお嫁に来た伊邪那美命のから生まれたのが天照大神須佐之男だという”飛騨王朝伝説”がムーに載ってました(笑)

自分が皇統を継げるものと思っていたのに、後継ぎに選ばれたのが天照大神だったので、傷心の須佐之男は、母の里である出雲へ行ってしまった・という話でした。

日本神話に見られる、

母が恋しいと言って泣き続ける須佐之男の様子や、姉の元へ行った時に「攻めてきたのでは」と天照大神が警戒した様子が、妙に飛騨王朝の伝説ときれいに自分の中で融和します( ˙▿︎˙ )ちがうよ~俺あいさつに来ただけだよ~

どちらの神様も実在していたら…? ワクワクしますね。

 

 

須佐之男を祀る神の宮へ上がります。

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 石垣の上にあるためか、神の宮日沈宮よりも小ぶりです。元々は近くの小高い丘「隠ヶ丘」に祀られてあったものを、こちらへ移したようです。

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「隠ヶ丘」須佐之男が眠っているところとされていますが、臨死体験で歴史を垣間見てきたという木内鶴彦氏は、日御碕は須佐之男のモデルになった人物が生まれたところだと話しておられます(後に出雲から移動)。では、元々「隠ヶ丘」に眠っていて、ここに移されてきた神様はいったいどなた?

紀元前の話というだけあって、説が多くて混乱します。

 

 数年前に日御碕神社に来て写真を撮ったときは、こちらの神の宮のほうにオーブがブワ~ッと写っていましたが、今回こちらは何も写らず。かわりに、日沈宮のほうにそれっぽいものが写っていました。神威の具合もその時々によるのでしょうか。

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 楼門から見上げた神の宮(奥に見えるお社)

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 正面から見たときには分からない奥行きを、横から確認。近畿にはこういう奥行きのある造りのお社があまりなかったので、毎度、横に回ったとき、お社の長さに驚きます。

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 少し小高い神の宮から見下ろす末社

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 あぁ、いいお天気だなぁ。

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 そして、末社から見る日沈宮

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逆光からさす光だからと言われればそれまでですが、ここもオーブっぽい光の丸が写りました。私はこれを神威のあらわれだと思いたい.。.:*☆ 

 

 末社日沈宮の間にもひっそりと小ぶりのお社がありました

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 蛭子神社と書かれていました。蛭子(ひるこ)は、伊邪那岐命伊邪那美命との間に生まれた一番最初の子でありながら、手足のない子だったので、芦の舟に載せて流されてしまったという・・・あの神様です。

 蛭子命がどういう祈願に適した神様か分からなかったのですが、何となく赤ちゃんのイメージの神様だったので、ここだけは日本の国防ではなく、赤ちゃんが欲しい人の元に授かるよう、また、命の危ない赤ちゃんが助かるよう、祈念しました。

 

お社の扉から左上の屋根に向けて、虹色と緑色の光の丸がキラキラと写りました。

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これはおめでたいオーブで、妊活している人とあかちゃんの命を助けたい人の願いがどこかで叶った…と信じたい.。.:*☆ 

オーブという現象はレンズのいたずらだったとしても、その偶然のあらわす意味は考察できると私は考えております( ˙▿︎˙ )

●追加●……………………………………………

蛭子命についての書置きメモを先ほど見つけましたので追加します。

恵比寿天、いわゆるエビスさんのことですが、
イザナギノミコトとイザナミノミコトの子どもと言われ、足が悪く歩けなかったため
船に乗せられ、捨てられてしまったのだとか。漂着した摂津の国西宮で育てられ、手厚くまつられたのが信仰の始まりだそうです』

とのこと。

なるほどそれで「ヒルコ」と「エビス」のどちらも「蛭子」と同じ漢字なんですね。

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 ところで

神社の境内の中にこのような小さなお社がひっそりありまして、祀られている神様はどなただろうと近づいて見てみたら、

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 韓国神社?

地理的な近さもあり、出雲には度々朝鮮半島から人が来ていたということは知っていましたが、なぜ日御碕神社に?

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という疑問がありましたので、帰宅後ネットで調べてみました。

正直なところ、ネットからでは確たる理由が見つかりませんでした。中には在日朝鮮人の人が書いたと思われるサイトに、被害妄想たっぷりに「日本の歴史の歪曲の証拠!」とかいうのもありましたが(笑)、本当のところ理由は誰にも分からないのではと思えてきました。

ちょうどいま、図書館で借りてきている本に、須佐之男の足取りを考察した興味深い記述がありましたので、次にそこのところをちょっと語ってみたいなと思っています。

 

『出雲旅行⑥』につづく ⇒ 

 

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ブログの更新がはかどっておりませぬで、だんだん旅行の記憶が薄れてきて焦ります(゚A゚;)

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①どうも夏のひどい全身性金属アレルギーから体調が戻らず、寝込む時間が増えてPCをさわる時間が減ったこと、

②いま母の入院で、家でモラハラ父と二人きりなのですが、かなり精神がやられてること、

③ウェ~イな家族が越してきて、宅との間の庭で騒ぐので、土日祝が落ち着かなくなり、なるべく外で時間を過ごすようにしていること、

等があり、

ブログがとにかくはかどらないです・・・

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とりあえず、おとつい母の手術が無事に済みましたので、ホッとしております。ボルトが一個心臓の筋肉に取り込まれていて、取れなかったという話ですが、それって大丈夫なのか?(笑)