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【オカルティー解釈】フィギュアスケートに見る日本の使命②

オカルティー注意!苦手な方は避けて通ってね!

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前回『①』の続きです⇩

 

『①』で話しましたとおり、ボランティアに参加しながらフィギュアスケートにおいてのジャッジの危うさを思った私は、その日の帰りの電車で改めてモヤモヤとしながら帰宅しました。

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採点競技のジャッジについては昔からあれこれ言われていましたが、何度も問題視されながら何十年たっても根本的な解決にはつながらず今に至る・という感じでしょうか。

フィギュアスケートの場合、ジャンプ偏重vs芸術点のあやふやさ、の議論が延々と続いておるわけですね。芸術点の幅を広く取るとそれを良いことに自国の選手などにギュンギュン加点を与える不正なジャッジが登場

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ではテクニックに点数を付けましょうとなると高難度ジャンプに加点が片寄り、芸術性はほどほどに、長い助走をつけてバイーンとジャンプ。助走 ⇒ ジャンプ ⇒ 助走 ⇒ ジャンプというつまらない流れに。おまけに得点を左右するジャンプにケチをつけたり甘くみたりでこれまた不正ジャッジの付け入るスキができあがる・と。『①』でも書きましたがジャンプと詰込み演技で得点を有利にできるとなると、選手にドーピングさせればいいじゃん✨⭐️という国やコーチが現れてしまう恐れも。

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 はぁ~~・・・人間ってやつぁ~(◞‸◟)

 

まあジャッジもカナダのオズモンドさんの言うように「人間だもの みつを」だし、お金や名誉になびくな・誰の脅迫にも動じるなと言っても、サムライみたいな高尚な精神でできる人の方が少ないのかも知れません。

でもそのグレーなジャッジの為に、真っ直ぐな頑張りが報われない選手の方ができてしまうのが辛い(´;ω;`)

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しかも、わりと堂々と自国の選手をひいきして何が悪いんだ?(キリッ) ライバル選手?下げるに決まってるだろ(ドヤッ) みたいな国がある中で、日本は馬鹿正直に「公平さ✨⭐️」にこだわる人が多いというか、むしろ身内に厳しくすることが美しいと思っている昭和メンタルな人が未だに居て、ゆえに<正直者が馬鹿をみる>状態になってる気がしてモヤるんですよね~。その人の主義はべつに良いんだけど、煽りをくらうのは日本の選手の方々だからな?

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あ~モヤるわ~~~~(*`へ´*)  と思いながら帰宅後、入浴。

「選手の方々の為にも真に公平なジャッジになってほしい。でも私らがなんぼジャッジのことについてピーチクパーチクとネットやお茶の間で議論しても、ちっとも状況は善くならん。どころか、日本の側でジャッジに異を唱えられる立場の人(誰かわからんけど) にそもそもこの状況を改善しようという意思はないんとちゃうのか?」

などと、湯船に入って落ち着くとますます落ち着けないモヤモヤの堂々巡りに陥るマジック(笑)

f:id:syandery:20200808192742j:plain(ほんと、落ち着くと落ち着かなくなりますよね~)

 そしてモヤモヤしたまま風呂から出て、ひきつづき脱衣所でもやるせない思いでモヤモヤしていたところ(しつこい?)急にひらめいたのであった。

 

○ この世の中の問題の部分が解決していくためには「それが問題である」と表層化する必要がある ⇒ えぇ~このジャッジおかしいんじゃないの?と多くの人が感じる出来事が起こる

 ○表層化した問題を解決に導くうねりができる ⇒ あのジャッジおかしいよね?酷くない?と問題視する声が方々からあがる

○世論を無視できないことになる ⇒ ジャッジや関連団体への不信。そのもの(競技や大会)への人気の凋落

○そして問題をクリーンにせざるを得なくなって、問題が解決に向かってゆく…

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 その為には、

可哀想だけど不正なジャッジにさらされる選手の方々の存在が必要なわけなのです。そしてその不正にさらされる選手の方の見せるものが美しいほど&精神的にも清らかであるほど、不正なものの醜さはより醜悪に浮かび上がり、人々の目が不正なものに対して厳しく注がれる…というわけなのです。

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そして、

日本人はその不正にさらされる厳しい役割を持って生まれてくるのではないか?

そう感じたのでした。

オカルティー的に言うと、『国別の役割』というものがあるらしく、その役割に準じて魂はそれぞれの国に生まれるということがあるのだそうです。

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日本人には、世界中のいろいろなものを合わせて新しい物を創り出す役割があるのだと聞いたことがあります。確かに、日本は以前からあったものを新しい解釈で生まれ変わらせて世に送り出す・ということが得意な感じはします。

それから、

オカルティー界ではしばしば「日本が世界のひな型になる」という話を聞きます。なぜそうなのかは分かりませんが、日本で起こったことは世界でも起こるのだそうです。だから日本人は各々が少しでも早く精神性を高める必要というか、お役目があるということです(これを知っているから、人類の精神的向上を良しとしない者たちが昔から日本にあれこれと嫌がらせしたり貶めて来るのだという話も)

 

話をフィギュアスケートに戻します。

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そもそも、

○日本人に生まれる ⇒ レベルの高い精神の向上を求められる

ゆえに、

○日本人であると ⇒ ネガな精神性の人に必要以上にタゲられる

という可能性があるわけです。

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例えば国際試合などに挑むと、日本人であるというお役目上、必要以上に厳しくあたられる(日本人として目立つと塩ジャッジにさらされたり嫌がらせを受けるなど)可能性が高い・と…

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f:id:syandery:20210401230428j:plain( ← こういうのなんとかならんのかね…日本人に限ったことじゃないかも知れないけれど)

 そんなぁ~、酷いよ、そういうの何とかならないの?

。・゜・(ノД`)・゜・。

と思いますが、オカルティー的にいうと「そういう宿命こみで日本人に生まれてきた」ということになるんですね~…。少なくともこの日本に生まれて国際的な位置にまで頭角を現す人というのは、そもそもそういうお役目を背負っているからこそ頭角を現す存在になった、という逆説も成り立ちます。

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同じ日本人として、世界で活躍する日本の人たちが必要以上の逆風を受けたりするのは正直見ていて歯がゆいし辛いですが、

それでもクリーンに、美しく、突き進む!不正が醜いことであるということを世界に示し続ける!

それが一流になった日本の方々の、人類の発展のための天からのお役目なんですよね。オカルティー的に解釈すると。

 私は日本に生まれましたが、小者で良かったとつくづく思いますよ…。叩かれながらも美しく突き進むなんて普通のメンタルではこなせないお役目です。

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もどかしいですが、

我々は選ばれし宿命の人たちをじっと見守るしかないのですね。

遠くから見守る外野として出来ることがあるのだとすれば、数字や順位、一方的な宣伝に惑わされず、自分の目で見て、感じて、良いと思ったもの、美しいと思ったものを信じるということでしょうか。

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 つまり、

他人軸ではなく自分軸で物事を判断する目をやしなうということですね。誰かが良いと言ったとか、すごいと認定したとか、もうそういうラベルは信じないということです。誰かの打ち出した価値よりも、自分の心が素直に「いいな」と思ったものをそのまま好きになる(フィギュアに限らず)。それは実にシンプルでいて、それでいてなかなか出来なかったことなのかも知れません。

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打ち出された点数や順位よりも自分の「いいな」を信じる人が世界中に増えれば増えるほど、”不正なジャッジ”なんて意味が無くなります。

 誰かの手心で表彰台のてっぺんを取った人が居たとしても、”本物”を見せた人に素直に多くの人の称賛が集まる事態になれば、結果的に真に評価されるのは”本物”を見せた人になります。そういうことが普通になっていけば、そもそも”ジャッジを不正にすることそのものに意味が無くなる”という(笑)

 

f:id:syandery:20210401230751j:plain(トップ選手として活躍してきた宮原さんが、19位に沈むというまさかの失意の中でも、人を思う心…。こういう人としての”本物”を私は順位や点数よりも深く尊敬したいと思います)

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 いまフィギュアスケートを見ていて心強いと思うのは、

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選手の方々自身も、徐々に数字や順位の〈かたち〉や〈ラベル〉ではなく「自分がそれに携わることで何をしたいのか」「表現したいのか」「成長したいのか」にその価値をシフトチェンジされていっているなと感じることです。

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我々見る側も、やれ順位が、点数がと持ち上げたり不必要に失望したりすることなく、それぞれの選手の方々の目指しているものとその成長を冷静に見守るスタンスになることで、 違う意味でも「厳しい戦い」を背負って世界に打って出ている選手の方々の一助となれるのではないでせうか。

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 観る人たちが順位に価値を置いていない、一人一人の演技そのものに価値を見出しているのだ・ということが選手の方々にも伝われば、また、選手の方々自身も順位に振り回される必要が無くなり、自分の表現したいことを素直に目指せるようになるかも知れませんしね。

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未来、

数字や順位に惑わされない人がどんどん増えて、”誰かがつけた価値、信じるに足らず”ということにすっかりなった頃には、何十年と続いてきた【不正ジャッジ何とかならんのか問題】は解決していると思われます(笑)。同時にドーピング問題も撃退できるやもしれませぬ( ˙▿︎˙ )

というか、

この角度以外に解決できるすべはあるのかという。

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とりあえず、

すぐには人の意識は上記のように発達しないだろうと思われますので、羽生結弦さんも壮大な論文で必要性を訴えた(?)、AIによるジャッジの導入で、テクニックの面では「手心ジャッジ」できにくくしていくことが有効?なのかな。

機械オンチなのでAIのことはよく分かりませんが、AIといえど入力するのが人間である限り、またそのすきをついて不正してくる輩がおるニャも知れません(꒪⌓꒪) ので、やはり我々個人の『みる目』の精神的発達も大切かと思われます。

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 もう一度オカルティーな視点の話をしますと、

日本は世界のひな型 = 日本が変われば世界は変わる = 私たち日本人が変われば世界中の人が変わる

つまり、

数字・順位に惑わされず良いものを見出せる私たち ⇒ 数字・順位に惑わされず良いものを見出せる世界✨⭐️

そして、

順位に関係なく良いものが評価される社会 ⇒ 社会から順位に関する不正を撃退

これで間違いない(?)!

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●おまけ

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鍵山優真さんについて聞かれ、べた褒めする宇野昌磨さん

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「先輩として何かできることは無い」キッパリ

 

いつぞやの韓国開催での国際試合で、リンクの氷が解けて地面が露出するなどの悪コンディションだったということがありました。そのトラブルにベテランのトップ選手も調子を崩して苦戦。が、鍵山さんはそのトラブルに動じず好演技をし、見事表彰台に立った・ということがありました。

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鍵山さんのメンタルの強さは今回に始まったことではないんですよね~。

調子の悪い演技をした後は必ず次には立て直してくる気の強さもたのもしい。

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宇野さんへ、後輩(鍵山さん)の思いを質問したところ、

返ってきた答えは

「一緒にゲームすることくらい」(笑)

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f:id:syandery:20210401230713j:plain(宇野さん節・健在)

 

坂本花織さんへのインタビューで

「技術や体力などフィギュア以外での、このオフに幅を広げるために考えていることは?」の質問に、

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「全くないんです、アハハ」(笑)

 

f:id:syandery:20210401230703j:plain(リンクの定位置へ着くまでの時の謎の仕草)

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上記のオカルティー「日本人の使命」についてシャキーン!と目から鱗マイセルフを果たした私は、このことを報告したくなってフィギュアの先生にメールをしたのでした(笑)

そのメールへの先生の答えの滋味深さにこれまた感動したので、勝手に先生のお話を引用します(アホなメールに真面目に返して下さる優しい先生)

 

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○国際試合での不公平なジャッジについて

「世界大会でも国内の全国大会でも、ジャッジは人がやるので、ある程度「主観」という名の明確な基準以外の評価が出るのはやむを得ないところがあります。国内でも国体などで地元選手への高めの評価は昔からあることです

国内でも地元びいきなどが発生・・・

「採点方法も新しくなり、昔ほど主観が入りにくくはなっていますが、全く無くすことは難しいと思います

 

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○フィギュアを一生懸命やっている子どもたちが、やがて不正に苦しむ心苦しさについて

「教室の頃は楽しいだけだったのが、選手になるとジャンプの難しさや採点による勝敗など辛い経験も増え、見ていてやるせなくなることもありますが、みんなそれを乗り越えることで成長していくし、他の人への配慮もできるようになるので、それはそれで必要なことなんだろうなと思います」

社会の矛盾をその身で学び、乗り越えることで他人への配慮が身につくという…

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なんという滋味深い言葉・・・

 

以上。

ちょっとオカルティーは少なめでしたが(?)、世界に出る日本人の持つ使命と、その人たちを後押しする私たちの「自分軸」であることの大切さ inオカルティー解釈でした。