オリガミ ヲ キリガミ オカルティー(総合)

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王妃の庭(文章つき2)

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(文章1 http://blogs.yahoo.co.jp/syanderi/37094749.html の続き)

立ちつくして、どれぐらいの時が経っただろう、
硬直した体ににじんでいた冷汗を、夕暮れ前の涼しい風がなでて、
その冷たさにぼんやりとしていた意識がふと覚めた。
俺は何をしてるんだ!
おもわずアフマドは王妃の部屋の窓を見上げた。
その時、目の錯覚か、窓枠のはしに青い衣服のような物が
部屋の陰を横切ったのが一瞬見えた。
もしかして今の人影は王妃様だった?
アフマドの胸は高鳴った。
あの窓から王妃様は庭をご覧になるのか。
屋敷から滅多に出ることの叶わない王妃様。
あの窓の向こうで、どんな日々をお過ごしか。
やはり時には、お辛い事もあるのだろうか。
もしかして、窓の外に美しい花木が咲いていて
ふと王妃様の目にそれらが映った時、
快い気持ちになったり、わずかでも心の慰めになったりするだろうか。
今の自分が王妃様のために出来ることがあるとすれば、それは、
今までの仕事の経験を目一杯活かして、美しい庭を造ることなのだ。
何か決意のようなものが湧きあがると共に、
アフマドは無心に造園作業をはじめていた。


中庭の中心には、白い花が咲く大きな緑葉の中木を大小二本。
その脇には青紫の花が咲く低木を植え、
さらに脇を薄紫の優雅な花が咲く苗で囲んだ。
少し間をあけて、外周をまた、何か綺麗な花の咲く低木で囲もう。
意欲的に作業を進めながらも、ときおりアフマドは
ちらりと王妃様の窓を見上げるのだった。
しかし何度見上げても、あれいらい人影が見えることは無かった。
もしかして、人影が見えたと思ったのも、気の所為だったのだろうか。
そもそも、人影が見えたからといって、それが王妃様だとは
限らないのだ。女中だってたくさん居るのだから…
ぼんやりして手の動きが鈍っていることに気付き、
またあわててせっせと動くアハマド。
俺が選ばれて任された仕事なんだぞ。これを上手くやれば、
また宮殿のほかの庭も任されるかもしれないじゃないか。
お前に任せてよかったと言われる、そんな庭を造るんだ。
たとえ王妃様が見てくださらなくたって…
またちらりと窓を見上げる。人影は無い。
ふと視線を感じ、横の窓に目をやると、胡散臭そうな者を
見るような目で、小間使いの老女がアフマドを見ていた。
目が合うと老女は、卑しい身分の者がと言わんばかりにシッシと手を振った。


仕事の最中、アフマドは何度も王妃様が窓辺に立ってこちらを見る妄想を
無意識に膨らませていた。
しかし、次の瞬間には、小間使いの老女のあの疎ましげなしぐさが妄想を阻み、
およそ王妃様のような身分の方に相手にされようはずも無い、
みすぼらしい自分の現実を思い出すのだった。
妄想が身の程知らずなものであるほど、
現実との相違が恥ずかしく、苦い気持ちを味わうのだった。
王妃様は国の誇りだから、だから国民として尊敬してるだけなんだ。
これはただ、尊敬の気持ちなんだ。
我が身をかえりみない甘い感情を、アフマドは自身で叱咤し、
振りはらうよう勤めた。また気落ちすることを防ぐために…


一人、心の中で密かに感情を揺らしながらも、
いつもとは違う高鳴りを感じながら、
ついにアフマドは王妃のための中庭を完成させた。
やがてこれらの木々に色とりどりの花がつくとき、
小さくも艶やかな、それでいて物静かで可憐な庭が
ここちよく窓辺の風景を飾るだろう。
いまだかつてこれほどの仕事をしたことは無い、と、
飽きることなくアフマドは自分の作品を見つめていた。
結局、王妃様のお姿を作業中見かけることは…無かったのである。
あの窓の向こうが、本当に王妃様のおられる所なのかどうか、
それすらも知りようが無いのだ。
しかし何故かアフマドは、清々しい達成感を感じていた。
彼は働くということの、いや、人が何かをしようとするときの
根源にあるべき大切なものを、ほんの一端だが
垣間見ることが出来たような、そんな気がしていたのだ。
誰かのことを思って、つくる。仕事する。行動する。
それが己のためだけでは湧き起こらないような高揚を生み、
どんな時の自分よりも力強く、能力を高められた。
そう感じられたのだ。
アフマドはこれまでの生き様を回顧した。
誰のために何かをするでもなし、ただひとり、
暮らしていくため・生きていくために必要な分だけ
仕事をすればいい。金が入ればいい。
それ以上の何ものでもなかった。
こんなものだと納得して、持てる能力を磨こうとしなかったのは
人のためにという志を持ったことが無かったからなのだ。
だから、それほど奮起したことも無かったし、
無心になれることの心地よさも知らなかった。
今こうして振りかえって思うと、なんて無気力に、
勿体無い生き方をしていたのだろう。
どうしてもっと、暮らす人の幸せや喜びを考えて
庭造りをしてこなかったのだろう。


仕事を終え、中庭から外へと続くトンネルに向かったアフマドは
二度と足を踏み入れることは無いであろうこの仕事場を背にした。
ついぞ王妃様の姿を御見かけすることは無かった。が、
いつもとは違った気持ちで取り組めた仕事は、
確かに自分の気持ちの有りようを、わずかであっても
変えるきっかけになったのだ。
…それで十分じゃないか。
トンネルに足を踏み入れたところで、アフマドは立ち止まった。
俺は、こんなだけど…
王妃様に恋してたんだな。
愛は、ひとり勝手では始まることも無いけれど、
恋ならば、いつの時代にも、何の隔てがあっても、生まれる。
俺みたいなのが王妃様に恋することだって、あることなんだ。
いいじゃないか。
誰の心にどんな恋が生まれたって。
事実、俺は心の中だけで恋しただけだけど、
今までのどんな仕事よりもいい仕事が出来たじゃないか。
アフマドの中には、仕事以外にももう一つの清々しさが宿っていた。
王妃様への想いも、暖かい気持ちと共に感謝へと変わっていた。
ありがとう。
見おさめにと中庭を振りかえり、王妃の窓を見上げた。
と、その窓向こうに、すっと…女性が立ってこちらを見ていた。
黒い静謐な瞳が、やわらかにアフマドを見下ろす。
驚きで喉の奥が小さな声を上げそうになった次の瞬間には、
窓の女性は奥の影へと消えていってしまった。
ガクガクと、腕も足も、体の全てが震えだし、
アフマドは窓を見上げたまま、ついにはひざをついて泣いた。
いい歳をしたおとななのに、
声をあげて泣いた。