オリガミ ヲ キリガミ オカルティー(総合)

コメントお気軽にどうぞ(﹡ˆ﹀ˆ﹡)♡ syandery名でツイッターもあります

どうすればWin-Winにできるのか in 『氷輪』①

 
Win-Win(ウィン・ウィン) とは?
「自分も勝ち、相手も勝つ」
取引などにおいて、関係する両者ともにメリットのある状態であること。
はてなキーワードより。)
 
イメージ 13

Win-Win …そんなことって、そうそう出来ますかね?
人にはそれぞれに考えや言い分があり、それは人の数だけあり、
互いの欲するところに食い違いがあるのは当然
どこかでどちらかが折れないと、議論は永遠に解決をみないのでは?
 

意見のあわない人と組んで、すり合わせすることは大変です。
ましてや、それが集団と集団であればなお・・・


と、私はそう考えていました。
 
 

では、どうすれば Win-Win を実現することが出来るのか?
長年のこの悩みにヒントを与えてくれたのが、
永井路子氏著作『氷凛』
中のワンシーンです。
 

自分たちの理念を理解し、取り入れて欲しいと願う僧団と、
利権の喪失を恐れ、それに反発する僧団との、
とてもクリアーな Win-Win の実現シーンです。
 

イメージ 14
 

まずは、内容を振り返ります。

”「氷凛」を読むも、難しくて倒れそう”の記事でさわりだけ紹介いたしましたが↓
 

仏教界ではもはや常識であった 『授戒』の制度
それを未だ持たない日本の為に、
請われてやってきた鑑真(がんじん)と唐僧たち
 
イメージ 1
 
授戒(じゅかい)というのは、7人の上僧立会いのもと行われ、
彼らに認められた者が『僧』として認められる
・というシステムで、
日本には受戒を行える僧が、当時はまだ存在していなかったのです。
 

唐から鑑真一行が日本に到着したとき、日本の僧たちはこれをおおいに歓迎した。
 
しかし、いざ、
『日本の僧たちにも授戒を与えなければ』
という話になると、
とたんに
『どの範囲の僧にまでそれを適用するんだ?まさか、改めて高位の僧まで
それを受けねばならないんじゃないだろうな?』
という議論が、日本側の僧たちから沸きあがった
(´~`;)

 
*★*―――――*★*―――――*★*―――――*★*―――――*★*
 

唐から来た僧たちの考える『僧とはいかにあるべきか』と、
日本で独自に発達をみせた(?)仏教界というものとは
だいぶの誤差がすでに生じており、

 
唐僧
”僧の集団を平和裏に維持すること”を理念に同志的結束が根本であるのに対し、
日本では
仏教は、国家権力の保護と育成のもとに成り立っていた。
 

当時の日本の僧
国家が資格を認めて、税を免じ、生活費を支給していたそうで、
いわば公務員のような(国立大学の教授に近い)存在だったそうです。
 
イメージ 15

そこへ唐僧がやってきて、授戒を受けよというもんだから、
日本の僧たち
 『資格を取り消されてしまっては大変!』 と、危機感を感じ、
反発し始めた・といわけです。(食いっぱぐれる心配ね)

著者は、
『国立大学の教授が、外来の学者の前でもう一度試験しなければ
教授の資格を剥奪される、と申し渡されたとしたら』
と、日本僧の心境を上手く表現されています
(;^□^)
 
イメージ 2
 

僧団の輪と戒律を重んじ、(上僧であろうとも)僧とは何かを再確認する必要がある
と考えているに対し、
『我々を僧として認めないというのか!(食いっぱぐれてたまるか)
という日本の僧の反発。
 

ついに、彼らは
興福寺にて”公式の議論”をおこなうという事態に至った
ゞ(`□´ )
 

*★*―――――*★*―――――*★*―――――*★*―――――*★*
 

唐僧たちは、思託(したく)という中長老格の僧を中心に、興福寺にやってきた。
鑑真渡日に、最初から付き従っていた僧は彼一人であり、
鑑真の〈日本に授戒を伝える〉情熱の理解者であったろう
と著者はおっしゃっています。
イメージ 5
 

一方、日本側の僧ですが、
その中に彼ら唐僧を出迎え、歓迎した賢璟(けんよう)も入っていた…
(あの時歓迎してくれたのに?って感じ)
イメージ 6
 

*★*―――――*★*―――――*★*―――――*★*―――――*★*
 

両者は通訳を介して論争を始めた。
 

日本側賢璟(けんよう)がうったえかけた。
我々があなたたち唐僧を出迎えた日、一緒に行道(ぎょうどう)をしたではないか・と。
その作法が寸分も違わぬものであったことをあげ、
それでも我らを僧とは認めないのか・と。
 
イメージ 4

僧は、毎日決まった時刻に行道というものを行うそうで、
唐僧たちは、河内入りした当日も時刻に従って行道を行った。
その時、迎えに行った
賢璟一行
も、了解を得て
供に行道を行っていたのだった。
 

しかし、賢璟のうったえに思託はこう答える。
作法は心得ねばならないが、それだけが全てではない・と・・・
 

恐ろしく汚い字ですが、その辺りを漫画っぽく仕立てました↓
(少々セリフを省略してます)
イメージ 7
イメージ 8
イメージ 9
イメージ 10
(当時の装束、思託や賢璟の容貌は、私個人の想像です。)
 

賢璟(けんよう)はなおも食らいつく。
「すれば、僧の資格は」
「授けられた戒を保つことです」
「それならば私どもはかなり厳しく戒を守っております」
「その戒は誰から授けられましたか」
「誰からというものではありません」

適当な師が居ない時は、自誓すれば比丘(僧)になれる
という内容の本のことを持ち出す賢璟
しかし、
思託もその本のことは知っていた。
その上で、
それが偽経・邪道とされる
疑いについて論理的に説き伏せる
 

「・・・・・・。」
賢璟は沈黙せざるを得なくなった。
(内心はたぶん怒りでブルブルしてる。)
 
イメージ 11

さて、
互いの思惑がぶつかってしまい、プライド失職の不安もからんで
和合・解決の見えてこないこの状況
 

あなたならが思託(唐僧側)なら、
ここでどうしますか?
イメージ 12
 

まぁ、私なら、
『バーロイ、僧のくせに自分の身のことばっか考えて情けない奴だ!
お前らみんな僧じゃねぇよ・帰りやがれボケ!』
というニュアンスで(笑)キレて追い返しておわり!
何も解決になりません。
ましてや、Win-Win ではありません。
 

こんな難儀な状況で、しかし、思託
自己防衛で躍起になっている賢璟無理なく説得

プライドを傷つけることも無く賢璟は気持ちを切り替えるに至る。
しかも、
後に「持戒の高僧」とたたえられ、
鑑真亡き後は
唐僧たちのために良き理解者、協力者となったのである・・・。
 
イメージ 3
 
 

思託
どのようにして Win-Win を実現したのでしょう?