オリガミ ヲ キリガミ オカルティー(総合)

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清水寺☆紅葉はまだです~



門をくぐり、階段を上がっていきます。
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この日はお天気がよくて、
青い空に朱色の三重塔がよく映えていました。綺麗です。
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三重塔をさらに抜けていくと、
かの有名な清水の舞台に行きつきます。

舞台へ入場する手前で、
遠くに見える景色が美しくておもわずパシャリ。
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何となく今回はこれが一番のお気に入り写真に。

今回、目的にしていたのは
清水寺内にある地主神社(じしゅじんじゃ)だったので、
有料の舞台を通らなくて神社に行けるのなら・・・
と思っていましたが、
ここを通り抜けないと地主神社へは行けないとのことでした
(´v`;)


ハイ、ここが清水の舞台です。
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竹田城跡の所を登っても、城の跡しか見えない。
その美しい全景を見るには
隣の山に登らなければならない。
あたりまえですが、
清水の舞台も、舞台の上からじゃその全景は見れないのです(笑)
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関係ないですが、上の写真の左手前に

北の将軍様みたいな人が写っているのに気が付いてしまいました(笑)
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せっかくなのでアップにしておきますね♪
(何がせっかく?)


舞台からの景色。
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山々と向こうに見える三重塔がきれいですね~
っていうぐらいです。


舞台の所のお寺はこんな感じです。
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桓武天皇のもと、
あの東北の雄、阿弖流爲(アテルイ)を倒した
坂上田村麻(さかのうえのたむらまろ)
自らの邸宅を仏殿に寄進したということです。
田村麻呂にゆかりのあるお寺なんですね。
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田村麻呂は仕事上、東北の原住民を倒しましたが、
心情的には
阿弖流爲たちに同情的だったという話を聞いたことがあります。

なので(?)
大和政権(日本)が成立していくうえで
土地を追われたり倒された人たちの無念の想いが
昇華していくよう、手を合わせてきました。

きっと田村麻呂もそれを望んでいるだろう(?)
ということで・・・


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話はそれますが、
先月、TV番組のぶっちゃけ寺清水寺が取り上げられていて、
江戸時代以来、開帳されたことがないという
田村麻呂と奥さんの像が安置されているお堂?が
なんと開帳されていてびっくり!

そして、
田村麻呂夫婦の像もTVに映し出されました。

その像を見て、
あ~、やっぱり田村麻呂って大陸由来の人なんだなぁ~と。
兵馬俑や京劇をおもわせるお顔だったのでした。)
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古墳時代応神天皇(おうじんてんのう)
優秀な息子のために百済から阿直岐(あちき)という
家庭教師を呼び寄せたと記紀にあります。

田村麻呂が、阿直岐の子孫であると
その血統の正当性を天皇に訴えている文書があるそうです。
渡来人の末裔なんですね。
(百済は半島ですが、半島の民族も元は大陸から来ているということで。)

大陸的なお顔立ちの田村麻呂像を見て
妙に納得したのでした。



やはり清水の舞台はその足元を見なければ
実感がわきませぬな。
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清水の舞台が非常に長期間、
柱の腐食を免れているその秘密は
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雨があたる個所のすべてに一つ一つ、
雨よけの屋根が取り付けられているこのひと手間の成果なのだそうで、
職人の技を極めたこの舞台の土台も
見どころの一つのようです。


眼下にはわき水をすくい取る人々の姿が。
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この水場に立つためにもかなりの列ができていて、
私は見ないふりしてスルーしていきました
(´v`;)


やはり舞台は離れたところから見るに限ります。
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もう少し離れたところから、舞台の土台も撮ってみました。
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さらに引いたところから…。 空が美しくて爽快・爽快。
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その向こうに見える三重塔と、京都の街並みも良い感じです。
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さらにお寺の正面まで移動してパシャリ。
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山々が紅葉していれば、さぞかし趣のある景色でありましょう。
そんな混雑時に行く人は勇気のある人ですが。


さらに舞台のふもとに来て、見上げてみる。
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「清水の舞台から飛び降りる」という言葉がありますが、
こんな高いところから飛び降りようだなんて
クレイジーすぎます。

しかし、
これまで飛び降りた人が実際何人も居まして、
意外に命に別状のない人も多かったとのこと。
中には、飛び降りた後、
さっと立ち上がって立ち去った人もいるとか
(⊙_⊙)


そして、
舞台のふもとを抜けていくと、

静かに阿弖流爲(アテルイ)と、
その戦友・母禮(モレ)の石碑が建っていました。
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十数年の抵抗の末、倒された両者は
都に連行されてきました。
そこで、
田村麻呂は彼らの助命嘆願を訴え出ますが、
残念ながら聞き入れられることはなく、
処刑は行われたのでした。
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その両者の石碑が、田村麻呂ゆかりの寺の境内に建っている。
なんだか涙腺がゆるみます。

きっと彼らは平和な所に生まれ変わって
友として仲良くすごしているに違いない・・・。



下から見上げる三重塔もきれいです。
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世界中の人たちが
違和感なく観光できる現代の平和を
きっとどこかで田村麻呂も喜んでいることでしょう。


いや~、
平和・平和。
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(地主神社のことはまた後日~)