隠岐の旅.。.:*☆ 追記。
そうそう、「あとで話します」と言っていて
すっかり忘れていたことがありました。
(『隠岐の島の始まり』にて。)
隠岐の島が昔、おのころ島と呼ばれていた件ですが、
一番最初に創った国土です。
一般には、おのころ島は
淡路島のことだと考えられています。
私は単純に、古語とかで小さい島のことはみんな
おのころ島と言ったのかな?
ぐらいに思いましたが、
隠岐案内をして下さったお孫さんが、
その岩石は日本列島の中で一番古い時代に形成されたものだと
教えてくださり、
その時、
神話の「おのころ島が一番最初に創られた島」
というのがピーーーンと想い出されたのでした。
神話というのは案外、
歴史的事実を含んでいることがある…のではないかと
私は個人的に考えています。
物事を擬人化したり遠回しな表現にされたりするので
なかなかそれが史実をベースにしたものだとは気づきにくいですが。
(隠岐片麻岩があるという銚子ダム)
(少なくと3億5000万年前より新しい時代に形成された地層などが
元になっているということです。)
隠岐の岩石というのは何やら
専門家には非常に興味深い物らしく、
しょっちゅう学者たちがぞろぞろと
隠岐へ来ていると教えてもらいました。
神話を編んだ時代の人が、
日本の国土生成の成り立ちを知っていたとしたら…‼
ミステリアスです…‼
(アフリカの少数民族・ドゴン族の神話に、
近世になってようやく知られた星のことなどが伝承されていた、
なんてこともあったし。)
うんまあ、いちおう書いておきました。
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隠岐から帰る船の乗り場にて。
赤い印象的な橋が架かっています。
本土へ帰る船。
素晴らしい青空でした。
鬼太郎ベンチ。
ごっつぁんなお土産、うま煮。
松江の郵便局のポスターも
隠岐の海関のがあります。
今一番の島根のスターなのかな。
朝一からスズメバチに足の指先を刺され、
その日いちにちヒーヒー言いながら観光地を回っていたのですが、
帰りの船に乗るころには、
ひざの関節まで来ていた痛みが、
足の付け根まで上がってきていて、かなり苦しかったです。
スズメバチとはこのように恐ろしいものなのかと
思い知ったしだいです。
船員さんに冷えピタシートをもらい、
それを患部に貼っていました。
見た目、それほど腫れていないのに、
これけっこうひどい痛みだったのです。
その後、痛みから熱と腫れに変わり、
かゆみやしびれなど、かなり長期間悩まされました。
1カ月たっても、
お風呂に入ると患部周辺が赤くなり、
どんなにすごい毒なのかと震撼(ブルブル)。
(船から眺める海と空)
それから、すっかりハチが怖くなってしまい、
我が家の庭のシソに群がるハチに
去年以上におののいていました。
いやぁ~、自然のある所へ行くときには
やはりスニーカーを履かねばなりません。
足も腕も出さないように気を付けましょう。
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一泊しかしてないのに、本土が見えてくるとすごくホッとする不思議
もうたぶん、日本本土が見えてきたときには
涙がちょちょぎれたと思うわ。
あぁ、やはり自分はDNAの核までジャパニーズなのだなぁと
この時ばかりは思ったものです。
理屈じゃないんです、DNAなんです(笑)
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そうそう、
隠岐案内して下さったお孫さんは、
お母さんが鳥取からお嫁に来られた方なので、
お父さんほど純粋な隠岐人ではないわけなのですが、
それでも、
よく見ると(メガネであまり見えなかったのですが)
目の色が明るい茶色でした。
ヘイゼルというのでしょうか。
(お父さんはブルーグレーでした)
お父さん同様、非常に目が弱いそうで、
小学生の頃からサングラスが必須だったそうです。
目の色が明るい人って、目が弱いそうですね。
この隠岐のご家族とお会いして感じたことは、
身体を取り囲む肉の質が違うという印象でした。
背は低めなのですが、
ものすごく硬さと弾力を感じさせる肉質で、
顔だちの濃さも含めてちょうどフィギュアスケートの
宇野昌磨選手が近いかも(?)などと思っていました。
原始・日本人の遺伝子を
古くからの隠岐人が残しているというなら、
原始日本人はこの隠岐のご家族のような風貌なのかなぁ…?
などと、ちょっと妄想しました。
(実際日本人はまだ2割、縄文人の遺伝子を持っているといいます)
教科書で習うとおり、一般には
平たい顔族とされる弥生人は半島から入ってきて、
縄文人を凌駕していったとされていますが、
私は弥生人もそこそこ濃い顔系だったと考えています。
日本に入ってきたルートも半島からではなく南国からで、
顔だちも南国系のように濃かったのではと推測。
今回の隠岐旅行で、
より、そのおもいが強くなったのでした。
その理由については
またいつか記事に出来ればなあと思います。
ちなみに、
島根には出雲という地域や出雲大社があるとおり、
出雲族の一大拠点があったと思われます。
ゆえに、これは私の個人的憶測ですが
山陰(島根・鳥取)には
出雲族の遺伝子を保持している人が
全国的に見て多めなのではないだろうかと推測。
たまにですが、
松江には目の色がグリーンの人やヘイゼルの人が居ます。
母も、島根の人は目の色が薄い人が多いと感じたようです。
うちの近所の農家のおじさんは、
かなり明るいエメラルドグリーンの目をしています。
肌の浅黒さとちょっと濃い顔立ちは
アメリカのインディアンにそっくりです。
医療関係に勤めているというそのおじさんの息子さんにも
「お父さんは昔の日本人の遺伝子なんだよ」
と言われたそうです。
(医療従事者も実は調べている?)
やはり出雲族も濃い顔立ちの人が多かったのではと。
(島根は背の低い人も多い印象。
出雲族は低身長だったのではと思っています)
とはいえ、
日本海側で、半島により近い地理ということもあってか、
9割がたは朝鮮系の顔立ちの人っぽいです。
(年頃になると何故かほとんどの女性が二重に変身します(笑))
ここでも出雲族の遺伝子は
消えつつあるのかもしれません。
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関係ないですけど、
アメリカインディアンで画像検索してみつけたこの方、
萩原流行さんにそっくりじゃないですか?(笑)
萩原さんも原始日本人系だったのでしょうか。
かなり近いそうです。
とは限らないと、私は考えています。)
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旅行ひとつでずいぶん講釈をたれたもんです。