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赤穴八幡宮③出雲地方に応神天皇の謎



『赤穴八幡宮②』のつづきです。

『②』では赤穴(あかな)八幡宮に伝わる
丹塗箭(にぬりや)神話の紹介でしたので、
正しくは『①』の内容のつづきになります。
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大木に囲まれた静かな空間に
赤穴八幡宮の社殿が建っています。
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神社の由緒書きには
「元松尾神社と称し」と書かれていました。

松尾神社って、京都の松尾大社のことかな?
松尾大社は京都で一番古い神社だそうなので、
その神社の「元」の神社となると、
そう~~~とう古いですね。

社殿が建てられたのは770年とのことなので、
奈良時代の後半ぐらいです。
(勧請されたのは1648年。この社殿は新しいものかな。)
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京都・松尾大社の神様は大山咋神(おおやまくいのかみ)なので
「元松尾神社なら御祭神も同じかと言うと、
そうでもな~~~~い。

『②』に紹介しましたストーリーのとおり、
玉依日女とその息子が御祭神です。
(神功皇后とその夫、息子も。)

難しいですね。私も混乱しています。



この日はなんと偶然、結婚式がここで行われるということで
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地元の方々が準備を始めました。
正面のガラス戸が開いていたので中がしっかり見えました。


さて、御本殿にかけられた社殿名ですが、
「正八幡宮う~んこれまた混乱。
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神社の由来には
「この地に京都の石清水八幡宮の荘園がひらかれ、
御分霊を勧請した」
とあるので、
えぇ~と、石清水八幡宮から神様の魂を分けてもらったのね?
と受け取りましたが、
いやいや、だったら
「正八幡宮という、こここそ元祖というこの字面は何?
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八幡宮の「八幡」とは応神天皇のこと。
つまり神功皇后の息子です。
たしかに神功皇后隠岐へも行ったりと、
山陰の土地と何やらつながりありげですが…
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一応、応神天皇は福岡で生まれたとされています。
が、それは後世の創作とされています。

では、もしかして・・・
応神天皇の出身地はここだったり…?
というのは考えすぎでしょうか。

(余談ですが、先ほど応神天皇の出身地を調べていたら
福岡県糟屋(かすや)とありました。
糟屋!
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隠岐旅行シリーズで隠岐の歴史をたどりましたが、
古代、隠岐の人たちがピンチの時に助けを求めた
リュウグウカスヤとは、もしや福岡(糟屋)に居た竜宮竜族
と想像。
ちなみに丹塗箭神話の玉依日女も竜宮竜族の子孫とされています。)


そんなミステリアスで深い赤穴八幡宮ですが、
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社殿にはどーーーん!
エグザイル起用のポスターかよ…。



・*:.。. .。.:*・゜゚・* .。.:*☆


なんか自分も今、
文章を書きつつ島根・京都・福岡・宮崎と入り乱れる
神様の伝説に頭が混乱してきました。




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島根に引っ越してきたころ、
まずは地元の神社をいろいろとめぐりました。

島根は出雲地方なので当然、
大国主さんはじめとする出雲系の神様を祀る神社がほとんどです。
そこには納得しつつ、
なぜか、
出雲系の神様応神天皇が抱き合わせになっていることを
不思議に感じていました。
だって応神天皇天神族側の人間ですやん。
何で急に応神だけ出雲の神と抱き合わせになるの?って。



え~と一応復習します。


出雲系の神々
海人族や日向の神々と共に共同運営。
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天皇家の始祖である天神族が当時首都だったと思われる奈良を
制圧するよりまえから、
日本に居た人々だと思われます。
(邪馬台国連合やな)

出雲代表の神、大国主が国を譲ったことで
つつがなく日本は天神族のものとなった…ことになっていますが
事実は奈良の首都に居た大国主
天神族に殺され、国を奪われたのでしょう。

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天神族には間もなく大国主の呪いが発動したので、
奈良の敷地内に祀っていた大国主の御霊を
あわてて京都の亀岡に移動させた。
これが〈元出雲神社〉と私は解釈。

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それでも呪いがおさまらず、
さらに大国主の御霊を出雲地方に移動させた。
それが今の出雲大社だと私は認識。
(島根の人はそんなこと無いってなぜか怒るんですが(笑))

その呪いに慌てふためいて巫女に神託を下させ、
その結果、前の政権側の人間に祀らせろと神託が出る。
それが、
第10代天皇崇神(本当は初代天皇?)が、
神託にしたがって前の政権側の人間・大田田根子
大国主を祀らせた、というエピソードなのかと。

で、『②』でも話しましたとおり、
大田田根子の子孫が加茂族という説があるのでした。
(玉依日女の面々も加茂族の始祖です)


さて、

その崇神から5代目にあたる第14代天皇・仲哀の妻が
神功皇后です。
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神功皇后は亡き夫、仲哀の息子を生み、
それが応神天皇となります。

しかし、
本当の応神の父は日吉の神だとの説もあります。
いずれにせよ、応神が仲哀の実子である可能性は
ひっくいみたいです。
その子を妊娠したまま神功皇后朝鮮半島南を制圧しに行ったのが
三韓討伐と呼ばれているやつですね。
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その際に神功皇后隠岐の島に立ち寄っているので、
隠岐の伝説には神功皇后にまつわるものがいろいろあります。

ちなみに、
神功皇后の本当の名前はオキナガタラシヒメであります。

隠岐旅行の記事でも書きましたが、
当時の人物は名前の前に出身地をつけて呼ばれることが多いので、
神功皇后の本名の先頭に「オキ」がついていることに
もしかして隠岐の出身?
などと妄想を巡らせました。
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仮説ですが、
神功皇后(隠岐を含む)出雲地方出身の出雲族の娘で、
首都奈良(大和)に嫁いだ姫なら…


出雲族・海人族・日向の神ら複合体の
邪馬台国連合が、首都の邪馬台国天神族に奪われ、
首領だった大国主が殺される。

しかし大国主の呪いが発動。
やむなく天神族は前の政権の者に祀らせ、神事をまかせる。

それすなわち、
政治 ⇒ 天神族。 神事 ⇒ 邪馬台国連合の生き残り
という両輪運営。

天神族の王は皇后を邪馬台国連合側の血筋から迎える。
第14代天皇仲哀も、出雲族神功皇后を娶る。

神功皇后仲哀天皇を殺害し、
(おそらく邪馬台国連合側の)日吉の神との間に子をもうけ、
純粋な邪馬台国連合側の子供・応神
第15代天皇に据え、
見事、天神族に奪われた政権を血統で取り戻す。

だから応神出雲族ゆかりの子。
出雲地方(島根・鳥取)の神社には
出雲の神々と共に応神天皇が祀られる。


とか?!


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そんなふうに私の頭の中では
パズルのピースがシャキーーンとはまり、
あ、そうか、
それで出雲の神々を祀る島根の神社には
一見、ひとり不自然に入り込む天神族応神天皇
一緒に祀られているんだなと。



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今回行きました赤穴八幡宮も、
神功皇后応神天皇が祀られていました。

そして、


御本殿に掲げられるこの名称は…?
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日本古代史・謎、深い。




もういくら考えても古代史はエンドレスなので、
美しい摂社や境内、
赤穴八幡宮最大の見どころ、
美し木大木たちの写真をちゃちゃーっと
載せてしまおうと思います。


昨日、今日とフィギュアが
とんでもない時間に放送されているので、
眠くて馬鹿になっています。


赤穴八幡宮④につづく ⇒