オリガミ ヲ キリガミ オカルティー(総合)

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いこいの花畑

 
 
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↑スジとムラがあって変な感じでしょう?
 
これ、銀色の紙で作ったんです。 スキャンするとどうしてもこんな風になっちゃって。
 
 
↓写真で撮るとこんな感じです
イメージ 2
 
 
 
実は、カッターまで使って真面目に切り紙するのは、かな~り久しぶりです。
 
紙を切り出して折ったり、紙を着彩したり、ちょっと下描きしたり・・・
というところまでは、いくつもしたのです。
が、
みな途中でやめてしまい、
未完成の物ばかりがたまってしまいました。
 
スランプというやつなんでしょう。
 
制作している途中で、自分の作っている物がひどい駄作に思えてきてしまい、
(実際に駄作なんでしょうけれど)
馬鹿馬鹿しくなって、やりきれなくなって、手が止まってしまうのです。
 
原因は他でもない、
自分自身にあります。
 
自分で自分を裏切ったからです。
 
 
お金のない日々が不安だったから、
自分自身の 『こんな切り紙をしたい』 という気持ちを引っ込めて、
人の指示通りに 『こんなふうにはしたくない』 という制作をすることで,
お金を得ることを選んだわけです。
 
そして、お金をもらい、ひどい金欠状態から、
東京の博物館を観に行ったり、部屋の模様替えをできるようになりました。
それはそれで良かったと思ってます。
 
だけど、
やりたいと思っても、ちっとも切り紙制作を進められなくなってしまいました。
『やりたくてやる』 という、単純なやる気の基が消え失せてしまったのでしょう。
 
あるいは、
私が変わってしまったのかもしれません。
 
なぜなら、
前に作っていた自分の作品を見ても、その時の気持ちがどうもうまく想い出せません。
まるで他人が作った物を見ているようです。
あの時のテンションを想い出したいと思うのですが、
『得がたい過去』 のように、遠く、せつないです。
 
 
だからといって、どうなるものでもないので
『そうか、こういうことになるのか』 と、少々焦りを感じつつも
それらを受け止めています。
 
 
憐れんで欲しいとか、なぐさめて欲しいとか、わかって欲しいとか、
そういうつもりでこのことを書いているわけでもないのです。
 
なぜここに書いて、みなさんに見てもらうことにしたのかというと、
『自分自身の気持ちを裏切る』 ということに、どんな代償があるのかを
リアルに知っておいてもらう必要を感じたからです。
 
お金がとか、時間がとか、どう思われるからとか、もう○○だからとか、そういうものだからとか・・・
自分にそういう言い訳をして、
自分自身の、どうしたいのか、何をやりたいのか、どんなふうに生きたいのかという、
本当の気持ちを裏切って選択し続けたことの空しい結末を、です。
 
自分を裏切ったら、一番大事なものを失った。(一時的なものかもしれませんが。)
なんともしょっぱい現実です。
 
 
みなさん、今、自分が本当に進みたい方向に向かって歩いておられますか?
目の前のことや、一時の安心を得るために、
自分の気持ちを犠牲にしたりしてはいませんか?
 
誰かの意図や意思のために、誰かが自分の意思を引っ込める、我慢を強いられる・・・
そんな必要は、本当は無いのだと思います。
誰かには価値があっても、誰かには何の価値も無い。
本来そんなことはありえないはず・・・
あったとすれば、
誰かが自分を有利にするために創りあげた幻想でしょう。
 
 
自分自身の気持ちを裏切らず、人に裏切らせることも無く、
また、
誰かをとても大切に思うように、
自分の気持ちもとても大切にして生きていって下さい。
 
幸せであるべきですよ。ほんとに。
 
 
 
 
以上。 『私の学んだこと』 でした。