松江の住吉神社①☆微オカルティー
〈微オカルティー注意〉
オカルティーちょいちょい挟みます。
苦手な方はスルーでお願いします。
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9月に入って、何故かすでに雨と曇りの日々で
洗濯物も乾かず困っておったのですが、
昨日の午後から晴れ、
今日は気分よく神社へ行ってみることにしました。
全国に鎮座されているであろう住吉神社、
島根の松江バージョンの存在を知ったので
さっそくGO。
それは普通の住宅地の奥にありました。
中央奥に見える階段が神社の入り口です。
階段を上がった先に
神社にしてはちょっと予想外の建物が見えてきました。
でも狛犬はちゃんとある。
砂子町辺りにある愛宕神社にちょっと雰囲気似てるなと思いました。
ちょっと事前に調べたところによると、
ご祭神は
底筒男命(そこつつをのみこと)、
中筒男命(なかつつをのみこと)、
上筒男命(表筒男命/うわつつをのみこと)
の、筒男三兄弟(?)さんだそうです。
腐乱死体になって追いかけてきたイザナミから逃げおおせた後、
「なんてこったい、汚れを洗い清めねば!」と、
川でイザナギが
キレイキレイした際に誕生した神様です。
誕生の仕方が人間離れしていて不思議な神様ですが、
記紀に登場する竹内宿祢(たけのうちのすくね)の子孫として有名な
予備校講師の竹内睦泰さんの本に面白いことが書かれていました。
それは、
日本の記紀にもUFOのことが書かれていますよ・と。
そういう話題で、
「人名に筒(つつ)と入っているのは、
飛行物体のことをあらわしているのです」
みたいな話で、
なんでも、古代、日本に葉巻型UFOが飛来していて
それを昔の人は『筒』と表現したんだとか。
なので、
名前に『筒』と入っている人物は
UFOに乗ってきた人なんだとか・・・
つい、
筒男三兄弟の名前を見てそのエピソードを想い出しました。
えーと、それでは、
住吉の神とは宇宙人か、飛来した超文明人なのか?!
もしそうなら、
応神天皇(おうじんてんのう)は宇宙人の子孫てことになるかも??
なぜなら、お母さんの神功皇后(じんぐうこうごう)が夫の死後、
「住吉の神の寝所へ行って」身ごもったのが応神天皇なのだと、
住吉神社から発見された古文書に記されてた、
という話もありますし…
話はそれましたが、
階段を上っていくと、あれれ、
神社だと思っていた建物が
「薬師堂」というお堂であることに気がつきました。
でもこのお堂も享保7年(1722)建立の大変歴史あるお堂のようなので
(明治と昭和に屋根の葺き替えをしている)
ご興味ある方はとりあえず写真で
無病息災・病気平癒・安産・家内安全を祈願して下さりませ
(松江藩主の宣澄公も祈願に来られたそうだし。)
住吉神社は階段上がって左奥にありました・・・
「天正6年(1578)建立の棟がある。勧請された詳しい時代は分からない」
というような記述が残っているそうで、
とにかく相当古くからあるということだけは分かりました…。
苔むした狛犬
この迫力を見よ(笑)
ガルルルル~…
お祓い、航海安全、和歌、学問、農耕の神様とのこと。
和歌とかピンポイントで面白いな(笑)
和歌をたしなむ方にはぜひ、
写真で行ったつもり祈願をしていただきたいですね♪
裏にまわると、お社の下にこのような丸い石が積まれていました。
説明書きが無かったので何なのかはわかりませんが、
とりあえず、お賽銭いれておきました。
お社の横にお稲荷さん像が。
よく分からないけれど雰囲気有りまくりですね。
ちなみにウィキによると
「住吉」は元は「すみのえ」と読んだのだそうです。
スミノエというのは澄んだ入江のことだそうです。
いちばん最初に建立された住吉神社は
きっと綺麗な入り江の所にあったに違いない。うん。
静寂な山にポカポカ陽気が気持ちいい午後。
さ~て、帰るべかぁ~、と
帰路につこうとした時、
神社の横に石畳が続いているのに気付きました。
山に入る道かな?と思いましたが、
まだ陽も高いのでちょっと寄ってみることにしました。
いや~、この場所が予想外に
「もしかして隠れスピリチュアル・スポット?」
と思わせる感慨深い場所でして、
ぜひ、次の記事でまた紹介させてください。
(画像の容量の問題で次回になってしまいますの)
すでにもうこの入口の写真・左上に
緑色のオーブが写っておりましたでな。