松江市の熊野神社②すばらしい大木
『松江市の熊野神社①カッパの伝承も』の続きです。
この松江の神社は、
でも記事にした神社です。
こちらは本殿の裏側です。
綺麗な木彫りが本殿を飾っています。
この本殿裏が古墳時代のお屋敷みたいに見えて
「わ~古墳時代みたい♪」とシャッターを押したら
このようなすごい神々しいオーブ写真が撮れた!というところです。
しかし、
後で調べてみてわかったのですが、
あんがい古墳時代と関係なくもないかも知れないことが分かりました…
●エピ③
「西川津字市成に、
※国主・堀尾帯刀の、※城普請の際に、
人夫が土中から石の棺を堀りだした。
これを城を鎮守する豊国神社の境内に納め、社殿を建立し、若宮八幡宮とした。
これを城を鎮守する豊国神社の境内に納め、社殿を建立し、若宮八幡宮とした。
棺は社殿の下に埋められているという。
その後、
その後、
豊国神社は廃社となり、その跡に本社(熊野神社)を移して祀ったと伝わる。」
(※堀尾帯刀 松江城の築城に関わった、1600年代の人物?)
(※城普請(しろぶしん)城を建てる土木工事における百姓の役負担?)
(※城普請(しろぶしん)城を建てる土木工事における百姓の役負担?)
訳・お城を建てる作業中に人夫が石棺を見つけました。
その石棺を埋めたところに神社つくりました。
石の棺(石棺)ってことは、たぶん古墳時代の有力者の棺桶だよね?
まぁさすがに応神天皇の棺だとまではおもいませんが、
この西川津からは5世紀の古墳群も発掘されていますので
出雲族の有力者の棺の可能性もありますよね。
今でもこの熊野神社の下にその石棺があるのかな?
そして、明治には
大物主命を祀る三輪神社が合併されています。
たくさんの神様が合体した神社です。
舟を遭難から救った神様や、
カッパの伝説、
謎の石棺の存在から
神々しいオーブまで
盛りだくさんの熊野神社ですが、
私が個人的に素晴らしいと感じているのは
境内にあるこのとても大きな木です。
祀られている形跡はありませんが、御神木さんだと思います。
右にニョキッと伸びているのは木の根っこの一部です。
ズドドーーーンとでっかい幹です。
写真ではこの大きさと迫力を伝えきれないのがもどかしいです…
↑立派な根っこ
ここの宮司さんにお会いできる機会があれば
木の種類や樹齢を聞きたいですね。
どのぐらい生きているのかな?
社務所の裏にまわってみると、
そこにはちょっとミステリアスな空間が…
御幣(ごへい)をくくりつけた棒?が
木のふもとに無数に刺されています。
他の木も同じようになっていました。
これは何をしてあるのでしょう?
宮司さんに聞いてみたい…
(町を見下ろす狛犬)
まずは観光客が足をのばすことのない地域ですが、
松江旅行でちょっと時間が余ったら
足をのばしてみてもいいかも?
地図はこちら。
松江の町中から、松江市営バスの〈70〉か〈71〉に乗って
「市成(いちなり)」というバス停を降り、
ちょこちょこっと昭和風の町なみを歩きます。
かなりマニアック旅行?
玄人好みな渋い熊野神社でした♪
こちらは西川津町の熊野神社です。)