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隠岐の旅⑭ 雄大な大木と美しい海岸と




気付けば隠岐の旅シリーズが14に…
今回はお気楽に素晴らしい大木と美しい海岸を
写真でご覧いただければと思います.。.:*☆


銚子ダムから白島海岸へ向かう道中、
道のわきに素晴らしい大木がありました。
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左の、タコが逆さまになったみたいな木、
このめちゃでっかい木は、なんと一本の木なんです!


その名は「かぶら杉」。樹齢600年
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室町幕府の時代にこの木は芽を出したわけですね。
よくぞこれまで生きてきたものです。

(ところで上の写真、木の上の方の枝に
青い物が見えたので拡大して見たら…)
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(何これ、トートバッグ?何でこんな所に?(笑))


そうそう、樹齢のある大木ですが、
大木は国の中心地、ザックリ言うと〈開発された街〉から
姿を消していく傾向があると何かの本にありました。

日本の場合、近畿から大木は姿を消していったようです。
大和政権があったからですね。
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やっぱり権力者は大木を自分のために使いたくなる
ということでしょうかね。

そして、近畿から周辺に広がっていくように
大木は姿を消していったそうです。

秀吉の時代なんか、
ついに屋久島の6000年杉まで伐りだしましたからね。

そういう意味では、
隠岐の大木は運び出しにくいこともあり、
守られたのだと思います。
イメージ 4
ダイナミックだわ~。残ってくれていて良かった。


恒例の、
母と並んでもらって大きさ見本撮り。
(母はたぶん日本女性の平均的身長&体形)
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母は右下で幹に手をかけております。
どのぐらい大きな木か実感してもらえたでしょうか。



くどいようですが、一本の木からこのようにたくさんの立派な幹が
ドーンドーンと生えておるのです!でっかいよぉ~!
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これは大木好きには一見の価値があります。


車を運転して下さっているお孫さんが
「幹に耳をあてたら、流れている音が聞こえるよ」
というので、耳をあててみたら、
「本当にやる人が居るとは思わなかった(笑)」
と失笑されました(笑)

なんか流れている音は確かにしたのですが、
それは木の内部の音なのか、
下の沢の音なのか分かりませんでした…



隠岐へは神社参拝しか考えずに来たので、
このような立派な木に出会えるとは思いませんでした。
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何だかんだ、隠岐旅行で強く印象に残っているのは
この大木なのでした。


時を忘れて見入ってしまいます。
いつまでも見ていたいぐらい。
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500年先も、千年先も、きっと生きのびていてほしい。


・*:.。. .。.:*・゜゚・* ☆


さて、


車はさらに北に向かい、
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白島海岸へ。(地図、間違って白鳥って書いちゃってた)



道中の景色。
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ずっと雨の予報でしたが、
こんなにお天気が良くなって幸せ.。.:*☆



そして、白島海岸の展望台がある所につきました。
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8月も中旬なのに、アジサイが咲いていることに驚きました。
わりと隠岐は長いことアジサイが咲いているのだそうです。



海岸に出ました。
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うわ~なんて青い空と海!きれい~~!



日本はどこの海でもわりと青いのですが、
ここの海の澄んだ青さは格別です。イメージ 14
昔の時代の人って、
きっとこういう青い青い空と海を見ていたんだろうなぁ。



きれいな小島もたくさんありました。
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気分をサッパリさせたい時、
よく綺麗な風景を想いうかべようとするのですが
あまり壮大な自然の景色を見たことが無いので
いつもうまく思い浮かべられず、苦心しておりましたが、イメージ 16
この景色を見てからは、
いつもここの風景を思い浮かべて気分をリフレッシュしています。


小島をカメラでアップにしてみました。
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灯台?らしきものがありました。
岩場の形もなかなかに個性的です。

ちなみに、
お天気がいいなど、条件がそろえば
ここの西側に
竹島が見えるのだそうです。

竹島島根県の島なんですよね。



もう少し奥に展望台があるようです。
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ここが白島海岸の展望台です。
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ちょっと海に乗り出すような形で?美しい海岸が見えます。


どれどれ、
私も展望台から景色を見てみます。


先ほどの景色が奥にあるのが分かるでしょうか?
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けっこう奥行きのある景色だったのです。

小さな灯台はありますが、
おおかた人工物の見当たらない
自然な景色が良いですね。


ふもとの小島をよく見ると、
トンネルみたいになっていました。
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隠岐流しにあった小野篁(おののたかむら)はこの景色を見て
都のことをしのび、歌を残したといいます。
(平安初期の人です。)

小野篁は流刑の期間中、たくさんの女性を愛し、
また、たくさんの木像を作り、
たくさんの伝説を残していったようです。


隠岐流しにあった人には珍しく、
彼は都へ帰ることが出来たのでした。
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数年前、京都の八瀬の神社へ行った時、
どうも丘の上に何かありげだったので登ったことがあるのですが、
偶然そこに小野篁のお墓がありました。

期せずして、
小野篁の流刑中に見た景色からお墓まで
自然とめぐってしまいました(笑)


、都に帰れてよかったな。(何故か友だち呼び。)
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きっとその頃から、この美しい景色はさほど変わっていないことでしょう。




さて、
我々はさらに車で隠岐の有名な神社へ案内していただけました。
水若酢神社玉若酢神社です。

そこにも是非皆さんにお見せしたいものが!


隠岐の旅⑮』につづく ⇒